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ギャラリー

准秩父観音霊場に関する歴史や資料等をご紹介いたします。

准秩父観音霊場の歴史

「近郷札所三十四番」
『新編武蔵風土記稿』は、江戸幕府が編纂した武蔵国(現在の埼玉県、東京都、神奈川県川崎市と横浜市)の地誌で、各郡町村の沿革や地勢等について詳細に記録されている郷土史研究の好史料である。
巻之七十二「橘樹郡川崎領砂子町」の項に、准秩父第20番札所にあたる「宗三寺」について、次のように記されている。


「観音堂 本堂に向て左にあり、三間四面の堂なり、寺伝に云此観音は佐々木高綱の守本尊なりと、十三年に一度開帳して人に拝せしむ、今近郷札所三十四番の一なり」(大日本地誌大系⑨『新編武蔵風土記稿』第三巻337頁下)


『新編武蔵風土記稿』は、文化7年(1810年)に起稿して文政13年(1830年)に完成しているので、その当時すでに、この近郷に三十四ヶ所の観音札所があり、12年毎にお開帳がおこなわれていた、ということが分かる。そしておそらく、これは《准秩父観音霊場》のことを記録してあると考えてよいのではないだろうか。


さて、《准秩父観音霊場》はいつ頃開創されたのか。残念ながら明確な記録は残されていないようである。
ちなみに、隣接する観音霊場の開創年代について調べてみると…
《準西国稲毛三十三所観音霊場》は、宝暦4年(1754年)に発願して、宝暦13年(1763年)に三十三ヶ所の札所を定めた。
また、《旧小机領三十三観音霊場(子年観音霊場)》は、享保17年(1732年)に開創された。
おそらく《准秩父観音霊場》も、この《準西国稲毛》や《旧小机領》の観音霊場と同じ時期かやや遅れて、いずれにせよ、それほど遠く離れていない時期に開創された、と推定できるのではないだろうか。

(文・第24番 大聖院)

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第四番札所 西量寺の絵馬

絵馬は、神仏への祈願や報謝のために、馬などの絵図を描いた木板を寺社に奉納する風習です。日本では古来より「馬は神仏の乗り物」とされ、お出ましを願って祭事に生きた馬を献上するしきたりがあったようです。やがて時代とともに簡略化され、木板に描いた馬、すなわち《絵馬》を奉納するようになりました。

准秩父第四番札所 西量寺にある《絵馬》には、雲上の観音さまと、それに先駆ける馬の姿が描かれています。寺の記録には「弘化三年(1846)丙午」とあり、午歳の御開帳にちなんで奉納された絵馬であることが分かります。当時の信仰の様子を今に伝える、とても貴重な《絵馬》です。(投稿:第24番 大聖院)

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准秩父観音霊場 令和8年御開帳ポスター

今年の御開帳ポスターが完成しました。順次、各札所に掲出されますので、ぜひご覧になってください。(投稿:第28番 塩谷寺)

巡拝にあたって

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皆さまが気持よく巡拝していただくために、下記の事柄等にご留意ください。

  • 各札所に入る時と出る時は、門前で合掌・一礼をお願いいたします

  • 撮影禁止の札所もあります。あらかじめ各札所にお尋ねください

  • 境内での飲食や喫煙は、所定の場所でお願いいたします。ゴミは必ずお持ち帰りください

  • ペット同伴での参拝をお断りしている札所もあります。あらかじめ各札所にお尋ねください

  • その他、札所境内での注意事項等は、必ず各札所の指示に従ってください

  • 各札所の駐車場には限りがあるため、マイカーでの巡拝の際はご注意ください。駐車場以外の場所への駐車など、近隣の方のご迷惑になる行為はご遠慮ください

  • 御開帳の時間(10~16時)でも、法務等の都合により、やむを得ず応対できない場合がありますので、何とぞご了承ください

 

准秩父観音霊場事務局 第1番札所 眞福寺内

横浜市港北区下田町3-11-5 

045-561-4466 

​札所についてのお問い合わせは各札所へお願いいたします。

 

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